『未来のアラブ人』④

2024年09月09日

リアド・サトゥフ著/鵜野孝紀訳『未来のアラブ人』④(花伝社)

待望の4巻目はこれまでよりページ数が倍に増えている。今回は主人公が思春期を迎え色々切なく家庭も中東情勢も破綻前夜。後者は我々も眺めていたものだが、この一家は個人と家庭の問題と世界の動きが直で結びついていて、父親はシリア・サウジ・フランスの間で揺れ動きリアドは行く先々の場所でいじめに遭う。重さが違う。

……はずなのだが例によってそれらは等幅三段分割で淡々と描かれ、戦争・移民・宗教問題だけでなく、リアドの性の目覚めや揺らぎ、そのときどきのメインカルチャーやサブカルチャー体験(前者はたとえばトム・クルーズ、後者は日本発のMSXや『めぞん一刻』など)も並列に挿入されるので等価・相対化されていく。多くの、とくに本邦のマンガだと決定機になったシーンやショックを受けた瞬間は大ゴマを使ったり、情動過多な顔やリアクションを描いたりするのだが、そういうことはなくあくまで通常の一コマですまされる(それゆえに重なるとジャブのように効いてくるのだが)。

作者もしばしば言及しているように、自分や深刻な出来事の徹底して俯瞰的な描写はまさしく吾妻ひでおや水木しげるのそれと共通するものだ。俯瞰的とはいっても叙述は徹底してリアドの一人称で、中東情勢もフランスの移民政策もテレビのニュースや父親の(偏見の入った)話の中で語られる。登場人物の中でもっとも無口なのがリアド自身だ。

そんな中でリアドの心を奪う成長したいとこの女性との再会シーンは珍しく二段ぶち抜きの大ゴマでヒジャブ&アバヤ姿ながらも逆光で体の線をシルエットにして描かれる。画像引用はしないが、カリカチュアされたタッチながら、なにせ絵が巧すぎるので大変にエロチックだった。少年リアドにとってもそれだけ大きな瞬間だったのだろう。